日本鉄道資料館

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クモハ52

モハ52
流電ことモハ52は,1936(昭和11)年に狭窓のモハ52001,52002を含む第1編成4両が落成しました。塗色はぶどう色一色でした。この車両は斬新,高速,快適とたいへん好評で,翌37(昭和12)年にモハ52004を含む第2編成と第3編成の8両が製造されました。製造は川崎車輌で,サハ48形2両のみ日本車輌が担当しています。これらの第二次流電は側窓の広幅化と屋根肩部のルーバーがなくなったことで,さらにスタイリッシュになっています。また,クリーム地に窓周りと裾部がマルーンという目の醒めるようなツートンに塗られ,4両編成で京阪神の急電運用に従事,大活躍しました。その後,戦時期は急行廃止,スカートや座席の撤去,塗色変更など荒廃疲弊しながら戦火をくぐっています。戦後復活されましたが1950(昭和25年)に80系にバトンタッチし阪和線に転じ,特急として使われました。そして,1957(昭和32)年4月に52005とともに飯田線に移り長らく活躍してきました。1978(昭和53)年11月19日のサヨナラ運転を最後に同11月22日に休車となり,日本車両豊川工場に回送され,翌1月解体が決定しました。しかし保存の動きが高まったことから,日車では大英断され,ライバル川崎製の車輌を大切に保管,佐久間レールパークでの展示保存につながったということです。クリームとマルーンのツートンは80系,117系に受け継がれました。そして,221系,223系,225系の帯には関西急電シンボルカラーとしてマルーン色が継承されています。
2012/1
No.D700_120104-344
2012年1月4日
モハ52004
リニア・鉄道館


誇り高き関西急電の顔です。
No.D700_120104-346
2012年1月4日
モハ52004
リニア・鉄道館


佐久間レールパーク時代(このページの下の写真参照)にあった乗務員扉は撤去の上,ヘッドライト,テールライト,スカートなど美しく原形に復元してあります。JR東海さんやりますね!
No.D700_120104-408
2012年1月4日
モハ52004
リニア・鉄道館


2階から屋根上を観察できます。その昔,日本車輌が川崎車輌製のこの車両を大切に保存されたと伺いました。今日また,関西の流電をJR東海が美しく復元し,新幹線のルーツという位置付けでメイン展示されたということに深く感銘を受けました。
No.D700_120104-418
2012年1月4日
モハ52004
リニア・鉄道館


"急行"や"Ⅲ"の数字も美しく再現されています。
No.D700_120104-432
2012年1月4日
モハ52004
リニア・鉄道館


ボックスシートが並んだ車内。天井もシンプルで電灯が美しい。
No.D700_120104-434
2012年1月4日
モハ52004
リニア・鉄道館


運転台部分です。この時代から関西急電は客室側からの眺望がガラス張りで最高に良かったことがわかります。この客室側からの前面展望,最新鋭の225系まで受け継がれています。
No.D700_120104-475
2012年1月4日
モハ52004とクハ381-1
リニア・鉄道館


ツートンカラーが冴える好例ですね。
1991/7
No.226-2
1991年7月25日
クモハ52004
佐久間レールパーク

スカ色をまとった関西急電の女王モハ52。上の姿とはかなりかけ離れています。
(2007/10/26追加)
No.226-11
1991年7月25日
クモハ52004
佐久間レールパーク

写真は佐久間レールパーク開業当初で,スカ色での展示となっています。その後,急電色に戻されましたが,後の阪和線時代に新設された乗務員扉が存置されていたことから,塗色と外観の時代が一致しないことになっていました。リニア・鉄道館展示にあたってこの点が見直され原形に戻されたことを嬉しく思います。なお個人的にはこのスカ色も美しいと思います。
(2007/10/26追加)

 2012/1/9 飯田線ページから分離

■参考文献
 沢柳健一 旧型国電50年(Ⅱ) JTBキャンブックス
 手塚一之,浦原利穂 半流43系姉妹の一代記  鉄道ファン 1998年10月号~11月号 交友社
 手塚一之 流電52系姉妹の一代記  鉄道ファン 1999年9月号~2000年1月号 交友社
 浦原利穂 関西ファンの記録から 鉄道ファン 1999年9月号,10月号 交友社