日本鉄道資料館

EF30

EF30 1~22
【EF30 1】 EF30形は,山陽本線下関~門司間の関門トンネルの最大22‰の勾配と塩害,交直セクションへの対応を考慮して1959(昭和34)年度本予算にて1号機が製作されました。交直流機の製作は先にED461で日立が先鞭をつけていましたが,中間台車の横動処理という難問を新三菱重工が解決し,この関門区間用交直流機の初製作は三電・新三重に発注されました。ED46形と異なり,運用区間が一定地に限定されたことから,交・直全出力形ではなく,関門トンネル内に対応する直流側は全出力,門司駅構内の交流側は部分出力に設定しています。この線路条件から,重連で25‰勾配上の1200t列車を引き出す能力が求められ,B-B-B軸配置によるF形構造として牽引力強化を図っています。主電動機は600kWのMT102を使用,直流側は1時間定格出力1800kW,交流側は10分間定格出力398kWを生み出しています。また,1台車1電動機式の駆動装置は,クイル式・歯車比1:3.88で,DT117両端台車,DT118中間台車と結合しています。交流側が部分出力となったため,交流関係機器は小形・軽量化が可能となり,素子数にして192個のシリコン整流器が初めて採用され,主変圧器はTM4Xが搭載されました。軸重は16.0t,総重量は96.0tであり,同じ昭和34年度本予算で製作されたEF60と同じ数値におさまっています。貨物列車に重連で使用する計画から,重連総括制御装置が設けられ,端面スカートにはKE57ジャンパ連結器を2個ずつ両栓式に備えています。車体は海底トンネル内の塩水に対処する目的からステンレス製とし,塗装工程は省略しています。端面スタイルはED71形に酷似していますが,傾斜はなくなり,側面のフィルタ・採光窓の形状・配置はEF60形とよく似ています。EF301は1960年3月19日に落成し,まず米原機関区に配置され,61年4月まで北陸本線坂田~田村の交直セクションを利用して各種試験を実施しました。

【EF30 2~17】 1960(昭和35)年度債務負担により,EF30 2~17号機が製作されました。製造は三電・新三重6両,日立5両,東芝5両と,3グループが分担しています。試作機と量産機は外観,内容が大きく異なっており,約2年間にわたる試験結果とその間の技術的進歩が大いに反映されています。主要機器ではTM4X主変圧器がTM4に移行し,シリコン主整流器も素子数を80個とした新形式に,主電動機はMT51に変更変更され,交流側出力が450kWに若干強化されています。外部では車体のステンレス鋼板にコルゲートタイプを採り入れ,採光窓・フィルタの配置も改めてすっかり様相を一変しています。また,機器が小形化された結果,車体全長も17.86mから16.56mに短縮しています。同時に運転室側窓およびドア上の水切り形状も変更されています。屋根上では直流避雷器がLA14からLA15Aに,交流避雷器もステンレス外箱収納のLA102Aに移行したほか,パンタグラフもPS903からPS19に改まっています。さらに,端面スカートでは,KE58を2個ずつの両栓式配置に改めています。また,試作車では機関車番号が切り抜き文字の貼付式であったが,量産機にはナンバープレートが採用されています。これら17両は門司区に配置され,1961(昭和36)年10月1日改正から,門司~下関間6.3キロの旅客列車を単機で,門司操~幡生操間10.4キロの貨物列車を重連で牽引開始しています。

【EF30 18・19】 1964(昭和39)年度第3次債務では18・19号機の2両が誕生しています。4年振りの第2次量産車となるため,車体では運転室窓の半分がHゴム支持方式となり,KE58ジャンパ連結器のうち2・4位部分は1個配置に改めています。また,従来露出していた連結器の左右復心ばねをスカート内に収容しています。シリコン整流器については,素子数は24個にまで減少させたRS24に変えています。また,中間台車はDT118Aに改良されています。

【EF30 20~22】 1968(昭和43)年度第3次債務において,43・10改正であさかぜ2・1号(11・12レ),彗星(23・24レ),あかつき2・1号(25・26レ),高速貨物(1053・1056レ)の計8本の増発されるのに対応し,EF30 20~22号機が第3次量産車として増備されています。外観では,灯体の大きな標識灯の採用,直流避雷器がLA15AからLA15Cに変わるなどの変更点があります。
EF30 2 
No.2-23
1983年3月21日
EF30 2+荷物
山陽本線/鹿児島本線 門司

量産1号となるEF30 2号機が牽引する荷物列車が門司に到着。小荷物列車の牽引は下関~東小倉間を担当していました。EF30 2号機は三菱電機・新三菱重工により製造され,1961年8月12日に落成しています。
No.N8308-16
1983年3月21日
EF30 2+荷物
山陽本線/鹿児島本線 門司

14系ブルトレと並ぶ2号機。
(2006/01/14追加)
EF30 6 
No.121-8
1986年3月17日
EF30 6+EF30+コキ
山陽本線/鹿児島本線 門司

貨物列車は重連での運用。門司操から門司を通過して関門トンネルを経て幡生操へ向かいます。EF30 6号機は三菱電機・新三菱重工により製造され,1961年9月22日に落成しています。
EF30 7 
No.121-15
1986年3月17日
EF30 7+EF81 302
山陽本線/鹿児島本線 門司


EF81と重連を組むEF30 7号機。EF30 7号機は三菱電機・新三菱重工により製造され,1961年9月28日に落成しています。
No.121-20
1986年3月17日
EF30 7+EF81 302
山陽本線/鹿児島本線 門司


カートレインのヘッドマークを付けたEF30 7号機。
No.121-21
1986年3月17日
EF30 7+EF81 302
山陽本線/鹿児島本線 門司


同じくEF30 7号機の表情。
No.121-24
1986年3月17日
EF30 7+EF81 302
山陽本線/鹿児島本線 門司


三菱のメーカーズプレートも見える側面。
EF30 8 
No.121-17
1986年3月17日
EF30 8+EF30+コキ
山陽本線/鹿児島本線 門司


EF30 8号機は日立製作所により製造され,1961年9月15日に落成しています。
EF30 10 
No.121-9
1986年3月17日
EF30 10+EF30+レムフ+コキ
山陽本線/鹿児島本線 門司


2灯化改造されていない10号機です。レムフを牽引して幡生に向かいます。EF30 10号機は日立製作所により製造され,1961年9月26日に落成しています。
EF30 11 
No.121-22
1986年3月17日
EF30 11+EF30+コキフ
山陽本線/鹿児島本線 門司


コキ車を牽引して関門トンネルを越えてきたEF30 11号機。EF30 11号機は日立製作所により製造され,1961年9月26日に落成しています。
EF30 13 
No.121-6
1986年3月17日
EF30 13+50系
山陽本線/鹿児島本線 門司

関門には50系の客レも存在していました。朝日を浴びた1灯の13号機,とてもきれいです。EF30 13号機は東京芝浦電気により製造され,1961年9月29日に落成しています。
No.121-14
1986年3月17日
EF30 13+14系
みずほ
山陽本線/鹿児島本線 門司

EF30 13に案内され九州に上陸する下り「みずほ」
EF30 16 
No.N8308-14
1983年3月21日
EF30 16+24系25型
はやぶさ
山陽本線/鹿児島本線 門司

相当ネガが変色していますが,こちらはEF30 16に案内され九州に上陸する下り「はやぶさ」。83年当時はHMなしでした。EF30 16号機は東京芝浦電気により製造され,1961年10月18日に落成しています。
(2006/01/14追加)
No.N8308-19
1983年3月21日
EF30 16+EF30 6
山陽本線/鹿児島本線 門司

門司操に向けた重連単機が通過
(2006/01/14追加)
EF30 17 
No.134-12
1986年8月6日
EF30 17
沼津機関区

沼津区に展示されるEF30 17号機は第1次量産車のラストナンバー。左側はED75 37号機です。他の号機でも同様ですが,運転室下の標識灯が外ばめ式のものに改造されているのがこの角度から良くわかります。この機関車は1961年10月29日に東京芝浦電気にて落成しています。
EF30 19 
No.N8308-12
1983年3月21日
EF30 19+荷
山陽本線/鹿児島本線 門司

門司駅に並ぶ荷物列車とキハ58系気動車。キハ58系は非冷房車のようです。EF3019は18号機とともに昭和39年度第3次債務で発注され,1965年9月25日に三菱電機・三菱重工にて落成しています。
(2006/01/14追加)
No.N8308-13
1983年3月21日
EF30 19
山陽本線/鹿児島本線 門司

EF3019のナンバーと三菱のメーカーズプレート
(2006/01/14追加)
EF30 20 
No.437-28
2005年6月12日
EF30 20
碓氷峠鉄道文化むら

EF58172や12系くつろぎなどと並んで保存されているEF30 20号機は最終ロットとなる第3次量産車。ナンバープレートの色が変?ですが保存状態は良いようです。EF30 20号機は43・10白紙ダイヤ改正の列車増発に向けて三菱電機・三菱重工により製造されましたが間に合わず,1968年10月31日に落成しています。外観では,灯体の大きな標識灯が目立っています。
EF30 21 
No.121-7
1986年3月17日
EF30 21+EF30+コキ
山陽本線/鹿児島本線 門司

門司操から幡生操に向かう高速貨物列車を牽引するEF30重連。EF30 21号機は三菱電機・三菱重工により製造され,1968年11月4日に落成しています。

 2005年12月23日~2006年1月6日作成

 ■参考文献
 交流・交直流電機出生の記録  3 鉄道ファン 317 1987年 9月号 交友社 (EE30 1)
 交流・交直流電機出生の記録  4 鉄道ファン 319 1987年11月号 交友社 (EE30 2~17)
 交流・交直流電機出生の記録  8 鉄道ファン 328 1988年 8月号 交友社 (EE30 18・19)
 交流・交直流電機出生の記録  11 鉄道ファン 332 1988年12月号 交友社 (EE30 20~22 表)
 交流・交直流電機出生の記録  12 鉄道ファン 336 1989年 4月号 交友社 (EE30 20~22 記事)
機関車番号 製造会社 発注区分名 発注名目
EF30 1 三菱電機・新三菱重工 昭和34年度本予算 関門区間客貨列車牽引車試作用
EF30 2~7 三菱電機・新三菱重工 昭和35年度債務負担 関門トンネルEF10形置き換え用
EF30 8~12 日立製作所
EF30 13~17 東京芝浦電気
EF30 18・19 三菱電機・三菱重工 昭和39年度第3次債務 あかつき増発用および貨物列車増発用
EF30 20~22 三菱電機・三菱重工 昭和42年度第3次債務 関門間寝台特急列車および高速貨物列車増発用