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梅小路蒸気機関車館

梅小路蒸気機関車館

梅小路蒸気機関車館の保存蒸機の写真を掲載しています。
B20 10
No.N0406-18
2004年8月12日
B2010

小型の入換機B20。入念な整備を受け猛煙を上げていました。1946年立山重工業製。姫路第一機関区新製配置,1948年1月~7月まで大和鉄道(近鉄田原本線)に貸し出されていました。1949年6月に鹿児島機関区に移動。梅小路入りでシールドビームヘッドライトが付けられていましたが,現在は撤去されています。
C11 64
No.N0406-18
2004年8月12日
C1164

大井川227・312号機,真岡325号機,北海道171・207号機…と復活機が増えて嬉しいC11。この64号機は1935年川崎車輌製の二次形。現在は静態保存です。
8630
No.N0406-2
2004年8月12日
8630

大正生まれの万能機ハチロク。大河ドラマ便乗?の新撰組キャンペーンで誠のヘッドマークを付けています。1914(大正3)年汽車製造製。戦前は東海道,戦後は平・水戸機関区で常磐炭坑地区の小運転や入れ換えに従事。晩年は東能代機関区,弘前機関区に転じ,五能線でも活躍しました。運転室が改造されている他,炭水車は振り替えれていますが,煙突は貴重な化粧煙突のままです。
C51 239
No.N0406-3
2004年8月12日
C51239

美しき1750mmスポーク動輪を持つ急客機C51。239号機は1927(昭和2)年汽車製造製。品川機関区時代,お召列車牽引104回という記録を持つカマです。写真では給水温め器が搭載されていますが,その後04年秋に撤去され,お召し時代の状態に整備されました。
No.N0405-34
2004年8月12日
C51239

蒸気溜めと砂箱の2コブが特徴的。新たに整備されたランボードの欄干も見てみたい。
C53 45
No.N0406-5
2004年8月12日
C5345

3シリンダのC53。デフなしです。1928(昭和3)年汽車製造製。梅小路機関区新製配置,戦時中姫路・宮原機関区に在籍した後,再び梅小路区に戻り,1950年に廃車。国鉄吹田教習所保管,1961年大阪交通科学館開館に際し,復活,2日間本線を走行しました。
No.N0405-36
2004年8月12日
C5345

すらっと延びたボイラが魅力的です。
C55 1
No.N0406-10
2004年8月12日
C551

シールドビームが付いています。1号機は1935年川崎車輌製。小樽築港機関区新製配置,以来道内にあり・函館本線函館~旭川間,室蘭本線長万部~岩見沢間,室蘭~東室蘭間,宗谷本線旭川~稚内間での急行牽引に活躍しました。
No.N0406-22
2004年8月12日
C551

1750mmスポーク動輪のパシフィック。
C56 160
No.N0406-19
2004年8月12日
C56160

簡易線向けのテンダ機関車で160号機はラストナンバー機。戦前から津山機関区にあり,因美線,姫新線などで活躍。1953(昭和28)年に鹿児島機関区に転じ,指宿枕崎線に投入されました。1年半後に横浜機関区に移動し入換仕業にあたりました。1964(昭和39)年に上諏訪機関区に移動,上諏訪,松本地区で活躍。デフレクタバイパス弁点検窓は大宮工場,運転室屋根延長は長野工場での改造です。最近では写真HMの北びわこ号で活躍しています。
C57 1
No.N7802-24
1978年4月1日
C571

大勢のギャラリーに囲まれて梅小路のターンテーブルに乗るC571。まだ煙突を切られる前です。
C58 1
No.76-8
1984年10月11日
C581

お召し装備のC581。山口線用の集煙装置を付けています。C57よりは据わりが良いようですが…。C581は1938(昭和13)年汽車製造製。新鶴見機関区新製配置,大宮から横浜港方面への軽重量貨物などに使用されました。その後,千葉機関区に転じ,総武・成田・房総東・房総西線の客貨列車で活躍しました。戦後は北海道,北見機関区に長く在籍し,石北本線北見以北,また釧網・池北線を中心に活躍しました。運転台前方の旋回窓,側面のスクリーン,ボイラードーム前の大型手すりなどに北見区時代の特徴が見られます。
No.N0406-8
2004年8月12日
C581

同じくお召し装備のC581。菊の紋章の中央に梅マークがあります。デフ,ランボードのにも装飾があります。
C59 164
No.N0406-5
2004年8月12日
C59164

特急牽引機のC59。1946(昭和21)年日立製作所製。梅小路新製配置,戦争中に荒廃したC53に代わり東海道本線および山陽本線東部で始動しました。1950(昭和25)年に山陽本線からC62が転入したのに伴い,糸崎機関区に移動,ここで山陽・呉線を担当し20年間使命をまっとうしました。
C61 2
No.N0406-11
2004年8月12日
C612

D51形のボイラを使用した旅客用機関車。C61は三菱,日車で33両が誕生し,甲線である東北・常磐・鹿児島本線に投入されました。2号機は1948(昭和23)年三菱重工製,新製配置は仙台機関区で,当初は東北本線白河~仙台間で使用され,その後常磐線,また東北本線仙台以北へと活躍の場を広げました。1965(昭和40)年の盛岡電化で青森機関区に移り,東北本線盛岡以北および奥羽本線秋田~青森間の運用に使われましたが,DD51の投入により,優等列車からは追われていくことになりました。1971(昭和46)年には奥羽本線電化に伴い,一転して宮崎機関区に移り,日豊本線延岡~南宮崎間を中心にC57仕業を一部肩代わりすることになりました。東北時代に手動逆転機への改造,デフレクタバイパス弁点検窓の設置を行っています。
C62 1
No.N0406-0
2004年8月12日
C621

2-C-2のハドソン,D52のボイラを転用した戦後生まれ,国内最大の急客機で49両が作られました。トップナンバーは後から編入されたカマという理由でもないでしょうが,クラの外で静態展示されています。

1948年日立製作所新製。広島第二機関区
1950年8月 宮原機関区
1957年 広島第二機関区
1967年 廃車
1976年 準鉄道記念物 広島鉄道学園
1994年2月 梅小路区移管
C62 2
No.76-30
1984年10月11日
C622

梅小路機関区開設70周年記念のプレートを付け展示運転線を単機で走行するC622。1948年日立製作所新製。糸崎機関区新製配置,山陽本線で足慣らしの後,宮原機関区に移り,つばめ,はと牽引で大活躍。デフレクタのつばめマークはこの時代に取り付けられました。1956(昭和31)年の東海道本線全線電化後は,軽軸重化改造を受けて北海道へ。函館本線函館~小樽間を中心に急行大雪,まりも,アカシア,ていね,ニセコなどの仕業に就きました。山線での重連運転はあまりにも有名。形態的には極寒地仕様で,梅小路区へ来てから回転火粉止めをはずしています。
No.N0406-13
2004年8月12日
C622

つばめマーク付きの2号機。シールドビーム,デフ点検窓の有無で1号機とかなり印象が異なります。
No.N0406-21
2004年8月12日
C622

年代を感じさせるプレート
9633
No.76-9
1984年10月11日
9633

形式入りの赤ナンバーを付けた9633。1914(大正3)年川崎造船所製。大正時代を代表する貨物機関車です。この当時は予備灯(シールドビーム)が付いていますが,下の写真でわかるように,その後撤去されすっきりとしています。
No.N0406-15
2004年8月12日
9633

形式入り黒地ナンバーになり,予備灯もはずされてぐっと落ち着いた感のある9633。
D50 140
No.N0406-8
2004年8月12日
D50140

D50は1-D-1のミカド。1919(大正8)年から1931(昭和6)年にかけて川車,汽車,日立,日車の4社で380両が製造されました。140号機は,1926(大正15)年日立製作所製。製造当初は9900形19939号機として誕生,梅小路機関区に配属されて,東海道,山陽本線で使用された後,糸崎,岡山,姫路,梅小路,吹田機関区へと大鉄管内を移動しています。1941(昭和16)年に九州,大里(後の門司)機関区に配属,翌年から直方機関区,晩年は若松機関区への配置となり,30年間筑豊で運用されました。鹿児島本線門司港~黒崎,原田~鳥栖,筑豊本線若松~原田が中心で,石炭列車の他,普通旅客列車も牽引しました。形態の特徴は,化粧煙突,20立方m形炭水車,運転室側窓一体形,3音階汽笛,デフレクタバイパス弁点検窓設置,ディスク輪心の先輪,などです。小倉工場では念入りに特別整備をして送り出されました。
D51 1
No.N0406-14
2004年8月12日
D511

D51は1936(昭和11)年から1945(20年)にかけて1115両新製されたもっともポピュラーな貨物用機関車です。このうち,給水温め器,砂箱,蒸気だめを一体とした「なめくじ」のニックネームを持つ1次形の半流線形1~85号機,91~100号機の95両が川車,汽車,日立で落成しています。貨物機としては珍しい,煙室の縁のRも優しいイメージを受けます。D511は1936(昭和11)年川崎車輌製。敦賀機関区新製配置で,北陸本線を振り出しに,戦後にかけて稲沢,大垣機関区にあって東海道本線で活躍。その後,上諏訪機関区に転属し,中央東・篠ノ井線甲府~松本~長野間で客貨列車に使用され,準急アルプス,白馬,穂高,といった優等列車の先頭にも。後年は,盛岡・青森機関区へと移動,東北本線の十三本木峠越え,奥羽本線矢立峠越えの三重連に参加しています。そして浜田機関区へ移り山陰本線米子~長門市間で使用された後,梅小路区に着任しています。形態的には,煙突上部に回転式火の粉止めをつける為の改造(縁取り)がある他,上諏訪区時代に長野工場でデフレクタにバイパス弁点検窓設置,シリンダカバー上部の点検ふた改造,重油併燃装置取り付けが実施されています。また,東北時代に旋回窓,前灯予備灯を取り付けています。
D51 200
No.76-5
1984年10月11日
D51200

1937(昭和12)年製の86~90号機,101号機以降は,なめくじドームが廃止され,給水温め器がまくらぎ方向に煙突の前に配置され,煙室の縁は再び角のある精かんなタイプになりました。200号機は1938(昭和13)年鉄道省浜松工場で落成,稲沢機関区に新製配置されています。以後,米原・大垣機関区と東海道筋で活躍し,1号機と同じ大垣区で過ごした時期もありました。1950(昭和25)年に中津川機関区へ移り,梅小路区転出まで中央西線で活躍しました。04年夏に訪れた際には整備作業中でばらされていました。
D52 468
No.N0406-7
2004年8月12日
D52468

D52は日本最強の貨物機。1943(昭和18)年から1946(昭和21)年にかけて,国鉄浜松,鷹取工場,日車,川車,日立,汽車,三菱で285両が誕生しています。468号機はD52のラストナンバー。戦後生まれで,沼津機関区新製配置。東海道本線東部と御殿場線で客貨列車に活躍し,その後,吹田・姫路機関区へと移動し,動脈幹線の輸送力を担い,山陽本線姫路電化で五稜郭機関区へと転じました。ここでは梅小路区転出まで函館・室蘭本線函館~鷲別間で貨物列車を中心に活躍した他,1966(昭和41)年9月の通称藤代線七飯~大沼間開通まで函館本線仁山越えの補機仕業でD52形重連という迫力のシーンを展開しました。形態的には旋回窓装備など耐寒装備になっていますが,開放形運転台,予備灯を持たず大形前灯1灯だけであるなど,北海道の機関車としては比較的原形を保っています。苗穂工場で整備を受け,梅小路区に入りましたが,静態保存,現在では車籍も抹消されています。

◆参考文献: 
 特集: 今また国鉄形蒸機が熱い    鉄道ファン 382 1993年2月号 交友社
 西尾恵介 梅小路蒸機の現役時代   鉄道ファン 404 1994年12月号 交友社